koss (社長)
”シドニーIMAXで過去の劇映画がリバイバル上映されるらしい”
世界中の好事家(アホ)たちに、こんなニュースが駆け巡った。シドニーにあるIMAXシアターで、6月11日から14日まで「IMAX 15/70 Classics Film Festival」と題して、過去の劇映画(ドキュメンタリではない普通の映画)のフィルム上映を行うイベントがあると言うのだ。
この事案に気づいたのが6月6日、月曜日の夜。行くとしたら週末から翌週頭にかけて。つまり出発まで1週間もないのである。(あべんたドール@AventaLp224氏が1週間も前にメンションくれていたのに気づかずに放置していたのは秘密だ)
しかし二つの会社を経営する身。そんな急にこんなことのために予定を空けることは常識的に考えて、出来ない。でもね、常識に縛られていては正しいことはできないのだよ。映画『ヒトラー暗殺、13分の誤算』の主人公ゲオルクも「僕は自由だ。だから正しいことをするんだ」と言っていた。
そういう理屈で行くことにした。検討をはじめたのが月曜日。火曜日には諦めてて、水曜日の朝には文字通り目が覚めて各種手配をし、金曜の夜に飛んだ。そして火曜日の朝に無事帰ってきた。
シドニーIMAX シアターとは
世界中でも残り少なくなってきた、フィルムで上映するIMAXシアター。その中でも世界最大のスクリーンを有するのがシドニーIMAXシアターだ。「フィルム」だとか「世界最大」だとか。それがどうしたって言うんだい? という方のために、フィルムIMAXシアターの特長を簡単に説明しておく。
・縦にも横にも大きなスクリーン=約35mx30m。立ちはだかる壁のように視界を覆うことで映像を「体験」することになる。特に上下の大きさが他のシアターとは別格で、シドニーではスクリーンの下端が一番下の客席よりも下に位置するため、映写される空間に浮いているような感覚になる。
・フィルム=解像度が高い。そしてIMAXフィルムはコマがデカい。デジタルに換算すると8Kだとも16Kだとも言われる。大きなスクリーンに破綻なく上映するには高い解像度が必要なのだ。
これ以上の説明は、あべんたドール氏のブログを参照されたい。これほど熱く客観的にそれを書く自信がないので、まかせてしまおう。
シドニーIMAX シアターで劇映画を観るということ
シドニーIMAXシアターの凄さを分かってもらえたとして、それだけでは僕がこの急なタイミングでシドニーまで飛ぶ理由の説明には足りていない。ではなぜ僕はいまシドニーIMAXシアターに行ったのか。それは今回のイベントで上映される映画『インターステラー』(クリストファー・ノーラン監督/2014年)を観るため。66分のフィルムIMAXパートを含むこの映画は僕のエンタメ観を大きく変えてしまった。もしくは僕が潜在的に持っていた憧れ、美学、正義を掘り起こして補強してしまった。
SF考証の強固さと、あえての超越。SFの難解さを包む、誰にでも分かる父娘のドラマ。ロジックとドラマを積み上げた上での、思い切った省略や様式による解決。そして大事なのが、超越も省略も力技で納得させてしまう大胆な映像美。省略や様式美は日本のアニメのお家芸のように思っていたが、それを実写で、SFで…映像美によって覆い尽くしてしまった。フィクションと言う嘘はこんなことまで出来てしまうんだ、と体温が上がった。ここまでやらなければいけないんだと言うことでもある。
恋に落ちたというよりは、一緒に暮らしたいくらいに愛してしまった。IMAXデジタルから一般館から35mmフィルム館まで、国内で鑑賞可能なあらゆるフォーマットで何度も愛した。
『インターステラー』の「映像美」
「大胆な映像美」と一口で言ってしまったが、それだけの言葉で終わらせてはいけないポイントだ。劇中に登場するブラックホールやワームホールの画が「とても美しい」のは当然だとして「とても大きい」のだ。「大きい」とは?
画角が違うのだ。先述のように普通の映画に比べて、縦方向が大きい。歴史的には、概ね水平方向に拡がってきた劇映画のスクリーンだが、水平方向に視界を覆った上に、上下にも広がったらこうなるということだ。これを映写できるのはフィルムのIMAXだけなのである。
出典 : Nolan shows how different Interstellar would appear on non-70mm IMAX screens
「IMAX 70MM FILM」と他のを比較すればすぐに分かる。IMAXデジタルを含む他のフォーマットではどんなに大きなスクリーンでも欠けてしまう部分がある。フィルムIMAXの画角を前提に作られたシーンがあり、輝くブラックホールも、形態不明のワームホールも、一面のコーン畑も、こちらに向かって倒れてくる大津波も、IMAXフィルム上映でしか監督が意図する完全な映像体験を得られないのだ。
目の前にそびえたつ世界最大のスクリーンを有するシドニーで、それが今だけ体験できると言うのだ。なら行こうじゃないか。 大切なものには愛情(情熱・時間・金)を惜しみなく注ぎ込もう。
映画を観ながらIMAXシアターを評価してみる
今回は2日間に渡って『インターステラー』x2回を含めて、6回のフィルムIMAX上映を観てきたので、内容ではなく上映体験を評価してみる。
『STAR WARS:The Force Awakens』- 1日目の1本目
第一印象は「汚い」。それなりに古い劇場なためか、3つの点で上映品質は良好とはいえなかった。1つはスクリーンが劣化して縦の筋がたくさん見える。スターウォーズは砂漠など、意外に明るいシーンが多く、とても目立ってしまう。2つ目はフォーカスが甘い。これは致命的。スターウォーズは細かい構造物が近景にも遠景にも多い。そこでフォーカスが甘いと全体的に雑多な画になってしまう。そして3つ目は茶色い。ランプの特性なのか、全体的に茶色くて懐かしい画作り。これがフィルムの質感なのかもしれないが、昨年台湾のミラマーシネマで観たフィルムIMAX上映では、上映品質にまったく問題なかったのでちょっと意外だ。あ、そうそう。フィルムIMAXでの『インターステラー』を求める旅はこれが初めてではないのだ。シドニーよりも小さいスクリーンではあったが、日本から近い台湾で体験できたのは本当に幸運だった。
上映品質については少し残念だったが、5分ほどのフルサイズIMAXシーン - フィンとレイが砂漠で走ってミレニアムファルコンに乗りこみ、そこから敵を撃墜するシーン - では、目の前の壁の上から下までを使った映写でいきなりその場に放り込まれた。よかった。
『INTERSTELLAR』 - 1日目の2本目
上映品質はスターウォーズと同じなのだが、スクリーンの縦筋は色の濃いシーンが多いせいか目立たない。フォーカスの甘さに関しても、スターウォーズほどごちゃごちゃした画ではないせいか気になりにくい。ただ、土星の脇をスーッと渡っていく豆粒のようなエンデュランス号のディテールはほとんど分からない。前述の台湾でのフィルム上映時はここもくっきりだったと記憶している。とは言え、66分のフルサイズシーンを十分に堪能。何度見ても目から汗が噴き出してくるシーンが3つはある。
『HUMPBACK WHALE 3D』 - 2日目の1本目
いわゆるIMAXムービーなサイエンスドキュメンタリ。1日目よりフォーカスが良くなってる!!
海面付近を水平に撮るショットでのダイブ感、目の前に泳ぐ巨大な鯨が見どころ。
3Dメガネは使い捨てではないが、簡易的なもの。IMAXデジタルの使い捨てのと造りはそう変わらない。
『AMERICA WILD 3D』 - 2日目の2本目
アメリカ国内の大自然をツアーするドキュメンタリ。映画としては散漫だけど、色彩や画的な見応えはある。
『INTERSTELLAR』 - 2日目の3本目
うん、昨日よりも少し引きしまった画。2日続けてこれを体験できるとはなんと幸せだろう。何度見ても目から温い汁が湧き出してくるシーンが4つくらいある。
『DARK KNIGHT』 - 2日目の4本目
これもノーラン監督による、一部IMAXフィルム撮影された作品だ。当時、日本国内でもまだ残っていたフィルムIMAXシアターでの上映が行われたのだが「IMAXで一般の劇映画を上映するなんて、日和ったことは許せん」と無視を決め込んでいたバカな僕だった。IMAXで観るために撮影された作品と言うことを知らなかったのだ。間違った入力にどんなにもっともそうな理屈を掛け合わせても歪んだ結論しかないことの好例だ。
さて本編。冒頭から度肝抜かれる。ゴッサムの交差点に立つジョーカー。縦30mほどのスクリーンにその全身像が映る。一般館だとああはならないな。それから、ジョーカーのアップ。そんなものフルサイズIMAXで撮ってどうなる?→縦30mからはみ出すあの顔にとんでもなく圧倒される。
さほど思い入れのある映画ではなかったが、ただただひれ伏した。
シドニーIMAX シアターに映画を観に行くために
「自分も体験すべきだ」と感化されてしまった幸せな方(アホ)のためにTipsをまとめておく。
ETAS
オーストラリアに入国するためにはETASという電子ビザが必要だ。自分で直接オーストラリア政府のサイトに申請することもできるらしいが、代行業社を使った方が安い。僕はここを使った。
通常なら500円で1週間くらいかかる。僕は出発の2日前に手配を開始したので1500円の「優先対応サービス」を使った。サイトの説明では「1日程度」となっているが、僕はお昼くらいに注文して、その日の23時に登録完了の通知が来た。もちろん入国に問題なかった。パスポート番号に紐付いて電子的に発行されているものなので、物理的な登録証はなく、また、登録完了通知メールを印刷して持って行ったが、その出番はなかった。
飛行機
カンタス航空の直航便(QF025/QF026便)を使った。羽田から深夜に飛び立ち、シドニーの朝に着く、帰りも夜出発、早朝羽田着なので、われわれ大金持ちでもないツーリストにはとても有利だ。これでサーチャージなど込み総額の10万円以下。ただ、これは向こうが寒くなりかける秋口だからだろう。なお、時差は1時間なので体へのダメージは少ない。僕は金曜日に仕事をしたあと出発し、向こうでは2泊で3日間まるまる活動して、帰国後一旦帰宅して少し休んで当日出勤した。
映画の予約
日本からも、サイトで1週間後程度までの上映が予約できる。特に会員登録する必要はない。
ただし、1回予約をすると同じIPアドレスからは24時間以内に続けて予約を入れることができない。会社から、自宅から、携帯から、などネットワークを変えることでこれを回避することができたが面倒ではある。「同じIPアドレス」のチェックをどのような範囲で実施しているのかは不明。
ホテル
シアターへの最寄りはTown Hall駅で、徒歩で10分ほど。でもシドニー市内であれば、どこからでもシアターには遠くない。僕はMartin Place駅の近くに宿を取ったが、ここからでも歩いて25分程度だ。タクシーもたくさん流れているので、それを利用しても大した金額にならないだろう。僕は滞在中、ほぼ歩いて街の風景を見ていた。
グルメ
フィッシュアンドチップス、オイスター、ロブスターなどのシーフードと、牛や羊の肉ってことになるだろう。僕はだいたいパブ(街じゅうにある)に入ってステーキをビールで流し込んだ。安くて(合わせて$15〜20)、十分旨い。
次はいつだろうか
行くとしたらフィルムIMAXで撮影したパートがある劇映画を上映するとき、だ。作品としては、今後も『ダンケルク』(やはりノーラン監督、2017年公開予定)などの公開が予定されている。
だが、それをシドニーでフィルム上映することはもうないのかもしれない。先に触れたように、上映設備は老朽化しており品質の問題が出ている。すでに次世代IMAXとして4Kレーザー上映システムも世界中で稼働し始めており、こちらに移行するのが既定路線だ。前述の台湾のミラマーシネマも2016年6月現在、すでに4Kレーザーに移行済み。シドニーも、昨年の段階では「2015年末でフィルム上映機は撤去」とのアナウンスが出ていた。それでも「やはりフィルムで」という声は全世界から上がっているようで、少しずつ延びているというのが実情だ。いつ終わっても不思議ではない。今回無理してでも行ったのはそんな事情もある。
個人的には、フィルムに独特の風合いがあるのは認めるが、それはやっぱりノスタルジー成分が多い話であって、良い上映環境であれば4Kレーザーでも構わないと思っている。(それでは解像度が足りないと言う意見もあるだろうが)
国内で唯一の4Kレーザー導入館である大阪エキスポシティで『スターウォーズ:フォースの覚醒』を観たのだが、明るくピントも良好なためディテールがしっかり見え、素晴らしい体験だった。スクリーンサイズはシドニーより小さいものの、画角はフィルムと同じなので席のチョイス次第では近い体感…いやそれ以上のものが得られるのではないか。大阪ならば、スクリーンサイズがほぼ同じ台湾ミラマーよりもずっと気軽だ(…が、東京からならコスト、時間ともにそう変わらないような気もする)。
とか言いながら、来年 『ダンケルク』がシドニーの巨大なスクリーンでフィルム上映されるのであれば『インターステラー』ほか過去作の再上映もあるだろうし、またシドニーにちょっと行ってくるような気がしている。
koss (社長)
アールテクニカ株式会社 代表取締役。株式会社エイガアルライツ取締役として漫画『コブラ』などの寺沢武一作品を世に送り出すプロデューサーでもある。 「映画 / 音楽 / 生き物 / 宇宙 x IT」を人生のテーマとする。 昆虫の変態専門チャンネル「コーカサスTV」をUstreamにて配信中。みんな見てくれよな!